教授挨拶 | 慶應義塾大学医学部病理学教室 (病因病理学分野)・金井研究室

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教授挨拶

慶應義塾大学医学部病理学教室 教授  
金井 弥栄

金井 弥栄

 病理学は、肉眼や顕微鏡で病変を観察しつつ、病気の成り立ちを追究する学問です。病変部位の形態の観察を基盤とし、多様な方法論を研究の手段として取り入れることができる、「学際の器」と言った性格を持っています。病理学研究者は、病院において病理専門医としても働き、患者さんの体から取られた生検・手術検体を顕微鏡的に観察し、診断名を確定して治療指針となる情報を提供する「病理診断」を行っています。

 私は、慶應義塾大学医学部病理学教室において大学院博士課程学生として基礎病理学の素養を積んだ後、国立がん研究センター研究所にクロスアポイント期間を含め25年間勤務し、自ら病理診断をした患者さんの組織検体を使わせて頂いて、分子病理学研究を行ってきました。「分子病理学」は、病理学の中でも、がんなどの病変組織に見られる遺伝子の異常等を網羅的に調べ、病気の本質を見極め、新しい診断基準や治療薬の開発に繋げる研究分野です。既存の知識をもとに仮説を立て実験で証明する「仮説駆動型研究」に対して、私の研究は、多数の検体の解析データを虚心に見渡して疾患発生に寄与する分子を見つけていく「データ駆動型研究」に分類されます。

 患者さんのがん組織を顕微鏡で見ていると、同じ臓器のがんでも患者さんごとに、あるいは一人の患者さんの中でもがん細胞ごとに、顕微鏡像やがんの振る舞い (悪性度)に違いがあることが分かります。このことを「がんにはheterogeneity (多様性)がある」と表現します。最新の網羅的な解析で得られる莫大なゲノム情報のうち、何が病気の発生にとって重要かを見極めるには、顕微鏡像に現れるがんのヘテロジェネイティと丁寧に関連付けてデータを吟味することが大切です。このため、自ら詳細で正確な臨床病理学的評価を行うことができる病理学研究者/病理専門医が、データ駆動型研究を主導する意義が大きいと信じています。

 2015年7月1日に、慶應義塾大学医学部病理学教室教授を拝命し、伝統ある教室を継承させていただきました。ミッション性のある研究を展開すべき国立機関とは全く方向性を異にし、個々人の尊重と育成を基本に据える大学に異動した現在は、分子病理学研究と病理診断の双方に従事して相乗効果を挙げ得る研究者や、リサーチマインドを持った病理専門医の育成を第一に考えています。学部学生のみなさんには、幅広い医学・医療の基盤となる共通言語である病理学総論をしっかり修得し、症例に学ぶ研究の楽しさを早くから知っていただきたいと考えます。

 データ駆動型研究の成功には、網羅的解析に適した検体の選択・収集が欠かせないので、幅広い医学研究に検体を使うことに患者さんに同意していただく包括的同意の制度と、「バイオバンク」と呼ばれる検体を収集する仕組みを本学に根付かせ、研究推進に努める所存です。従来から専門としてきた発がんエピゲノム研究を強力に推進するのに加え、環境要因とエピゲノム情報の関連に着目したエピゲノムワイド関連解析を進めて、特に予防・先制医療に貢献できる研究成果を上げることを目指しています。発がんエピゲノム研究で培った手法を外挿し、発がんの素地となる代謝性疾患・炎症性疾患の本態や、健康長寿をもたらす分子機構の解明にも取り組んでいます。今日では、がんゲノム医療の社会実装が急速に進み、最適な分子標的治療薬を選択できるようにする病理組織検体を使ったクリニカルシークエンスが普及して参りました。当教室の教員全員が、一般社団法人日本病理学会が初回認定した「分子病理専門医」となっており、ゲノム情報に対応したがんの組織型の再分類やゲノム情報と融合した病理診断の変革にも貢献したいと思います。

 このような考えに共感して頂ける、意欲ある学生・研修医・若手研究者の方に、是非当研究室に加わって頂きたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。